5-6

 

 触れた唇は、熱かった。

 位置を確認するためだけに頬に置いたはずの手に、ぐっと力がこもる。

 ツイードが舌先でちろっとスルガの唇を舐めると、すぐにスルガが彼の舌を差し入れてきて、口の中奥深くで溶け合うようになった。

 舌を絡めるキスで、こんなに長く続けていられるやり方があるんだなとツイードは思う。

 犯すようなキスでもなく、せがむようなキスでもない。スルガのキスはいつも柔く、熱く、ぬめるのに、しなやかだ。

 やがて、舌先が少し痺れだしてから、ツイードは唇をゆっくりと離した。

 ハ、と近くで、スルガの息が聞こえた。

 

 間近で見るその火照った目に煽られて、もっと口付けてみたくなる。ただ、咽喉が痛いほどぎゅっとこわばっていて、その力をほぐすためにツイードは一旦、キスの続きをやめた。

 スルガが唇に手の甲をあて、視線を下にそらせて瞬かせる。

 

「あーーーすっげえ緊張するーーーーーッ」

「…なに言ってんですか、今さら」

 

 言いながら、ツイードも自分の息が荒くなっていることに気づく。さっきまで普通だった心臓が、突然存在を主張し始めていた。

 

「やばい、俺、こんな緊張してからすんの、初めてかもしんない…。し、心臓が、ほら」

 スルガは自分の胸に手をあてていて、その脈拍に、手の平ごと振動で揺れているのが見えていた。

「うわぁ」

「全力で走っても、こんなん、なんないですよ」

「ですか…。え、どうします? 水でもかぶってから帰ります?」

「なんで!? 帰んないですよ!?」

「じゃあ、続き、します?」

 言いながらツイードが顔を近づければ、スルガは「あ…」と声を漏らしてから、目を閉じてまた口付けに応じた。

 何度も柔く撫で上げる彼の舌が気持ちいい。深めれば深めるほどに、身体が麻痺していく感覚がする。

 唇を放すたび、離れるのが名残惜しい気持ちだ。

 ツイードは思わず、言葉をこぼす。

「……やば」

「…へ?」

 蕩けた目で、スルガが聞いた。

「……もっと、あっさりめに、するつもりだったのに」

「なにが…?」

 囁くような声でスルガが尋ね、彼の手がツイードの首に触れる。

「けっこう、やばいですね、これ」

「……、ですよね…俺、ツードさんのキス、すごい好きかも」

 これは、スルガのキスだろう、とツイードは思ったが、そんなことはどうでも良くなってきていた。

 耳の奥がキンとするほど、痛い欲情に体が痺れてくる。

 ツイードは、スルガの太腿に触れ、服越しにそこを撫で上げながら、ゆっくりと中心に向かって手を伸ばした。確かめようと思っていたその場所は、既に熱を持って硬くなっていた。

 

(あ、もう勃ちかけ)

「うわっ」

 スルガが身をよじる。

 

「え、え、い、いいんです? それ」

「だめです?」

「だめっていうか、ツードさんが、俺の…! うわ、待って、やばいやばい」

 彼の言葉を無視して、その熱を何度か擦り撫でた。それは、どんどん硬くなって、形がはっきり触って取れるように膨らんできた。

 ここまでになると、衣服の圧迫が辛そうだ。

 

「脱ぎましょーか…痛いでしょ」

「いやッ、自分でやります! 俺、」

「なんで? 俺、やりたいですけど」

「~~~ッ!?」

 

 騒ぐスルガをよそにツイードはベルトに手を掛けた。自分のに比べれば随分とシンプルな造りのバックルで、スルガのベルトは簡単に外れた。前を寛げてやれば、勃ちあがったそれが布を押しのけて、ほとんど弾けるように飛び出してくる。

「ひッ」

「…あー…」

 思わずツイードは呟いて、腹に付かんばかりのそれをしばらく眺めてしまう。

「……すっげー……勃ちますね」

「あの、あんまマジマジ見られると…」

「いやぁ、俺の、もしかしたら、ご期待に添えられないかもしれないですね……」

「まじで、恥ずかしいんで…」

 スルガは声を小さくしたが、むしろ堂々としていいのでは、とツイードには思えた。

「えっと、触ってもいいです?」

「いまさら…!?」

 ツイードは、広げたスルガの両足を手で押さえつつ、彼の顔を見上げる。スルガは眉を寄せ、渋い表情でぼそぼそと言った。

「俺も、さわらせてください。ツードさんの……さわりたいです」

 それを聞いてツイードは、満たされた気持ちで浅く笑う。

 触れたその熱をやわく押さえながら、ゆっくりとスルガに近寄り、耳元で「いーよ」と囁いてみた。

「……ッ」

 分かり易いほどスルガが身体を収縮させ、けれどすぐ彼の腕はツイードのベルトに伸びてくる。

 スルガがそれを外そうと力を籠めるが、留め具のピンが中々緩まらず、何度かカチャカチャと音が鳴った。

 こちらのほうも見ずに、自分の下腹部を一心に見るスルガの視線が、ツイードには少し面白い。手の中の熱を、ぎゅっと握りしめてみる。

「っ、まって…!」

 スルガは、躊躇いではなく、制するような声を出した。

 ああ気持ちいいんだろうな、とツイードには分かる。身に覚えのある形だが、触っている感覚がするのに触られている感覚がないことがなんだか不思議だ。自分と同じような場所で、同じように感じるのだろうか。湧き上がる興味が抑えきれない。ここまで硬いと、痛いだろう。

「ねえ、これ先に抜いちゃいません?」

「いやですッ、俺もさわりたい…!」

「はは、一緒にさわって一緒にイくんです?」

 からかってツイードが笑うと、スルガが真剣な口調で「そーですよ!」と返してくる。

 一瞬、スルガがツイードのほうに顔を向け、視線が合った。

 彼は大まじめに言っているらしかった。

 照れた表情の中にも、性欲に寄った熱意を感じる。

 

(やばい、抱きたい)

 

 ツイードの頭は、突如その感情に支配された。

 

(嘘だろ、すげえ抱きたい、やばい)

 

 抱く? どうやって。分からない。自らその手段を封じてしまった今となっては、ツイードがそうすることは叶わない。

 今はただ、彼の熱に触れることしかできない。

 もどかしさで、頭が焼けそうになってくる。

 

「…っ」

 スルガがベルトを外し終えたらしく、下半身の布が緩んだ。手荒に下着がずらされる気配がして、彼の手が自身の熱に触れる。その覚えのある感触の切れ端が、いっきにこれから起こる快楽の記憶を呼び起こしてくる。その快感がもっと欲しくて、ツイードは咄嗟に手の力を強める。握っていたそれを、もっと明確に擦りあげた。自分が欲しいのと同じ分だけ強く刺激すると、スルガが震えた声を上げながら、肩に頭を預けてくる。

「……ッ、ま、…ふ、ツードさん…っ」

 気持ちよさそうに額を擦りつけるスルガは、乱されて手の力を上手く扱えないようだった。次第にツイードを掴んでいた握力が弱まって、快感が逃げていく。それを追いかけるように、ツイードはスルガに踏み込んでいった。

「っ、あ…、ちょ、まって、ツードさん、いやだ、たんま」

 スルガは反対の手でツイードの肩を掴んだ。

 

 ぐっと身体が引かれて、スルガの唇に、噛まれるように口付けられる。

 突然やってきたキスと彼の舌に、ツイードはバランスを崩して後ろに手をついた。そのまま伸びてきたスルガの両腕を受け止めて、顔の角度をキスに合わせる。唇や舌だけでは性急さだけを焚きつけるようで、直接的な刺激に繋がらず、もどかしさで焼ききれそうなのに、もっと深くを求めてしまう。

 スルガの無遠慮なキスが堪らない。ツイードを求めてあがく姿に、ますます掻き立てられて息が苦しい。

 やがてスルガが唇をゆっくりと放し、けれどほとんど触れたままの距離で「俺ばっかじゃ…なくて」と言った。

「ツードさんと、したいんです」

 スルガの手がツイードの下にまた伸びる。軽いキスを何度も落としながら、スルガは蕩けるように呟く。

「もう、混ざっちゃいたい…」

 

 正直、その気持ちが痛いほどわかる。

 でもそれは結局、抱きたいと同義だろう、とツイードは頭の遠くの方で思った。それを言及しようにも、ツイードのコントロールはとっくに理性から欲求にハンドルを明け渡してしまっていたので、言葉も出て来ず、浅い息を繰り返すしかできない。

 酸素が、碌に入ってこない。そのせいで頭がぼーっとする。

 心臓の鼓動が、時計よりも早く脈を刻むせいで、時間の感覚が鈍って狂っていく。さっきからずっと、この加速したような時間の中で呼吸して、ゆっくりと溺れているみたいだ。

 

「わ、かりました、から…」

 ツイードは掠れた咽喉から、必死に音を絞り出す。

「わかったから、じゃあ、こっち、俺に擦り付けて…?」

 スルガの腰を抱いて、自分の身体に近づけた。スルガの肌が、直接触れる。

「……っ」

「一緒にでしょ…? こう、一緒にすれば、ほら…」

 スルガの手を、自身の熱に誘導して、彼の指がそれに触れる感覚に、自分でぞくりとなった。思わず、スルガの手を自らの手で覆って、強く擦ってしまう。

「あ、あ、ツードさん、やば、まって、え、」

「……ふ、…あ、スルガ、さ…、やばい、いっしょに…、早く、俺の手に置いて…」

 スルガを抱き寄せて、ツイードは自分の手に彼を当てつける。それはもう、信じられないほど硬くて、熱くて、はちきれそうだ。辛そうだとツイードは思った。こんなの、痛いだろうし、辛いだろう。

 楽にしてやりたい。

 そして何より自分自身が、早く楽になりたい。

 息が足りない。

 夢中でそれを握り、導くように強く擦る。

 肩を握ったスルガの手が、ぎゅっと爪を立てる。宙に浮いた彼の腰が、ひくつくように揺れていた。いや、振っているのかもしれない、とそう思った瞬間、脳の中でとんでもない快感の汁が溢れ出たのが分かった。

 「……ぁ、う、つ…どさん、ツードさん、も、むり、…イきそ」

 スルガの吐息が乱れ、切ない声が漏れ聞こえる。

 ツイードは自分の口からどんな言葉が出ているか、もうまったく意図できない。

 感じたことのない快感なのに、どこにも届かないもどかしさだけが、身体の芯から先まで全部を支配している。

 強くしてほしい。もっと強く。もっと欲しい。

 スルガの熱を強くでたらめに握って、激しく思い通りにする。自分のもそう扱ってほしい――という願望が、上手く叶わず、違う種類の刺激だけで頭を直接摩擦されているみたいだ。

 もどかしいのに、気持ちがいい。

 もうだめだ。最高だ。頭が痺れて、溶けて、なくなりそうだ。

「つーどさん……ッ、も、イってい? おれ、イっていい? でそう、むり」

 部屋の中はいつの間にか、お互いの音だけで充満している。

 音も身体も、ぐちゃぐちゃになっている。

「…っ、いーよ、はやく……」

「むり、それ、いいか、らぁ、あ、ぁ…ッ、ぁああッ、~~~~……ッ」

「……っ」

 声を共に、彼の身体が大きく震えた。

 手の中で、スルガの快楽が溢れ出たのを感じた直後、彼の身体を抱きとめて、ツイードも欲望をそのまま彼の手に吐き出した。

 身体中が痺れて震え、気が狂うほどの快感を伴う、人生で一番の吐精だった。