「だー! 吐くな! 吐くなよ!?」
酔った騎士、ルシカをおぶったまま、ハンターのマシューが心配そうにそう叫んでいる。
「どりょくする…」
だらんと腕を垂らし、彼女は青ざめた顔でうなだれた。
いつのまにか仲間内もそこそこに飲んだらしく、酒場の一角では解散ムードが漂っていた。
遠くの状況を見守っていたツイード達のすぐ後ろに、いつのまにかプリースト、オーフェンがやって来ていて、肩を叩かれてから声を掛けられる。
「おい、こっちはもう帰るけど、どうする?」
「あー、うん。適当に帰る」
ツイードが答えると、そうか、とだけ頷いてオーフェンはスルガに言った。
「じゃあ、あのへんの、全部連れて帰りますから、またこんど」
「あ、はい、どうも」
話し掛けられたスルガも咄嗟に返事をしたようだったが、しばらくしてオーフェンが「邪魔者は退散しますから後はごゆっくり」とほぼ同じ意味のことを言ったと分かったらしく、一人でまごついていた。
「ツードさん、ばいばーい!」
「きをつけてくださいね~!」
呂律のまわっていない声が飛んでくる。ツイードはそれに軽く手を振った。
『気を付けて』という言葉を聞いて、『いざとなったら抵抗して逃げることくらいはできるだろう』などという事を連想する。
いやいや、一体なにを想定しているんだ。ばかばかしい。可笑しな発想に口元が緩んでしまう。
アサシンとプリーストという職業柄、どうしても歩が悪いことも認めはするが、妄想が先走りすぎている。
「えっと、」
スルガが今後の身の振り方に迷ったらしく、席を立ちかけたまま止まった微妙な雰囲気で言葉を濁した。
その様子を眺めたまま、ツイードは何か声をかけようとしたがちょうどいい言葉が見当たらない。
スルガ本人には悪いが、彼は焦っているのが妙に似合う男だ。溜まり場の連中がこの男をからかいたくなる理由が分かる。
情け無いのが面白いというか、好感を呼ぶというか。
可哀そうなのが、可愛い?
(うん、これだな)
スルガを見つめながら、ツイードは思いついた言葉に一人納得した。
実際の彼の顔は、格好いいとも可愛いとも違う、なんの変哲もない一般平均のような造りなのだが、それはとどのつまり欠点らしい欠点がないということだろう。
腕前といい、顔といい、彼の長所はいつも目立ちにくい部分にある。
勿体ないな、と単純に思ったが、もしかしたら彼の良さを理解する人間が少ないならそれはそれで、自分一人だけで長く噛みしめて味わいたいかも知れない。
黙ったままのツイードに、スルガは少し困ったようで、小首を傾げて尋ねてくる。
「どうかしました?」
「あー……、じゃあ、そろそろ帰ります?」
「そうですね。ツードさん、宿どこですか?」
「教会の通りの裏側です」
ああ、とスルガがしばらく黙った。どうやら方向が違うらしい。少し悩んでから、「じゃあ送ります」とスルガは腰をあげた。
「え、いいですよ」
ツイードは驚き、断った。
「そうですか……?」
「別に危なくないし、というか、危なくても大丈夫だし……」
ツイードだって、いい歳をした成人男性で、しかも一応は冒険者の身である。今まで、人を送ることはあっても送られることはなかったから、なんだか突然変な提案をされた気分だった。
「あーでも、……そんなこと言わないで、送らせてくださいよ。付いてくだけですから」
「それは、まあ、構わないですけど……」
食い下がってくるスルガに、そうは答えたが、それはツイードの本心ではなかった。
そもそも、この行為自体に、言いようのない違和感がある。
意味の無いことをしておいて『送った』だとかいうのは、そういう事がしたいだけの、この男の自己満足なのではないだろうか。彼が、こちらを『その役』へ嵌め込もうとしてくることに、座り心地の悪さがあった。
もちろんスルガには、おそらくそんな大層な悪意はないだろう。それは分かる。分かりはするが。
「んー…」
なんとなく嫌だけれど、だからといって頑なに断るのも自分のポーズではない気がする。仕方が無く、ツイードは別案を提示した。
「じゃあ俺のほうがそっちまで行きますよ。同じでしょう」
「えっ?」
スルガは驚いたようだったが、ツイードはさっさとそう決めて酒代を払い、出口へ向かう。
「え、でも悪いです」
後ろから慌ててついて来るスルガに『なんでだよ』と思ったが、戸を開けた瞬間、心地のよい夜風が頬を撫で気分がよくなった。
「スルガさんの宿屋って、どこです?」