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「あ、ツードさんだ」

 一旦、溜まり場にて、狩りの行き先会議をしていたところに、遅れて彼が来た。

 ツイードを発見したスミの声で、スルガは数人と囲っていた地図から即座に顔をあげて、表通りの方に視線をやる。相変わらず生活臭のしない歩き方で、ツイードがこちらに近づいて来ていた。

 彼の顔を見た瞬間、昨日、自分が彼を夕食に誘おうと店まで決めて意気込んでのに、結局声をかけそびれてしまった事を思い出す。

 ああ、忘れていたのはこのことだ、とスルガは思った。

 昨夜、スミたちに酒場へ連れて行かれ、延々酒を飲んでいたのだが、何を言われてもどことなく上の空だった。今日の狩りの約束なんかは、おそらくその時にしたのだろう。

 注意力が散漫にもほどがある自分に、スルガは内心ため息をつく。

「おっはよう、ツード」

「ツードさん、ちゃーす」

「ああ、どーも。よかった、狩りまだ行ってなくて」

 『行き先決まりました?』と皆に声をかけるツイードは、笑っているわけではないのに、どこか気さくでいい心地よい空気を感じさせる。相変わらずだなぁと、スルガはそれをぼんやり眺めていた。そのどこまでもいい愛想を見ていると、複雑な気分になる。彼の社交性は、まるでバリアみたいだ。

 親しみ易いけど、踏み込み難い人。彼がそうだとスルガが気づいたのは少し前のことだ。気が付いてからは頻繁に目がいって、そのたび彼の滑らかなコミュケーションに『うまいなぁ』『ああいうのって修羅場くぐってきてんのかなぁ』と感心しきりだった。その視線が、いつの間にこんな恋愛感情となったのか、実のところ自分でもよく分かっていない。

 むしろスルガは彼の人柄を見て、この人にはあまり踏み込んではいけない、と感じていたはずだった。あまりに精巧に思えたせいだ。自分なんかが無闇に触っていいものじゃないし、彼も踏み込まれるのを好まないだろう――という気がしていた。それなのに、自分はどうして、あえての一歩を踏み出してみたくなったのだろう。猫をも殺す愚かな好奇心だ。

 『馬鹿じゃねえの』とこっぴどくフられたら、ああやっぱりねと笑って諦めるつもりだったのに。実際、断られたとき、どうしても彼が欲しい、という強い欲求が頭を支配して、簡単に引き下がれなかった。

 どうしてこれほど強く彼を引き止めておきたい気持ちになるのだろう。

 いつからなのか、どうしてなのか、何も分からないのに自分は彼が好きだ。

 近頃は顔を見るだけで、なんの疑いもなく反射的に「好きだ」という言葉が浮かぶ。自分が誰かにこんなことを思うときがくるなんて、あんまり考えてこなかった。だからどうすればいいのか、まるで分からない。

 でも、ツイードは、付き合ってくれると言った。肉体関係抜きで。

 だから自分たちは恋人だ。あまり滑稽なところを、他でもない彼にだけは、見られたくない。

 

『スルガさん…ッ! 早く』

 

 突然、今朝の夢の内容が、スルガの脳裏をよぎった。

 肉体関係抜きで?

 いや、どう考えたってあれは。

 

(……あ、あんなこと)

 

 頭の中で、言い訳という名の思考が加速する。

 

(してたよな。したいのか。いや違う、あれはだって、女だったよ。ツードさんじゃない。けど、顔はツードさんだった。声も。どうしてだよ。馬鹿か俺。なにやってんだ)

 

 考えが纏まらない内に、最悪なタイミングでツイードと目が合う。スルガの肩は勝手に引き攣った。

 彼は小首を傾げて、会話を促す仕草をする。何か喋らないと不自然になってしまうが、今のスルガにそんな余裕はない。

 口を開けて、声を出そうと努力して――しかしとうとう、何も言葉が思い浮かばなかった。

「……こんにちは」

 苦し紛れに零れ出た挨拶の言葉に、ツイードは瞬きを一度して、はぁ、と頷いた。

「こんにちは」

 思わずスルガは、顔をそらす。

 駄目だ、完全に馬鹿だと思われた。いや、そんなこと今更なのだろうか。でもこれ以上失望させるのは。

「何、やってんの……あんた」

 隣に居たスミが、まったく無様なものを見る目で眉をしかめ、ぼそりと語りかけてくる。

「……何も言うな」

 さらに小声で、スルガは言う。

「やだ、スルガが救いようのない馬鹿だ…」

「……わかってるよ」

 そうこうしている内に、狩りの行き先が決まったようで、本日のパーティーリーダーであるマシューの声が後ろから響いた。

「よーし、決定! はーい注目ー!」

 視線がマシューに集まる。

「今日は炭鉱にいきまーす!」