1-4

 

 ダンジョンといえど、ルティエはあまりに寒かった。

 用事が済んでしまえば、こんな思考の鈍るところにいつまでも居られない。

 さっさとプロンテラに帰ろうとツイードはスルガに提案し、うやむやの内に彼の曖昧な返答を了承と取った。

 スルガのほうは、自分の告白が結果的に受け入れられたかそうでないのか――たぶん前者であることは気づいているのだろうが――分からない展開に動揺したまま、終始なにか聞きたそうな顔をしていたが、ツイードは面倒くさいのでそれらを無視した。

 ワープポータルを詠唱しながら、このまま帰ってどうするんだとツイードは内心考える。ルティエから逃げ帰ったって、スルガと二人きりなことに変わりはない。

 いや、でもそれも、いいかもしれない、とツイードは思う。

 スルガと二人で、彼が何をするのか、多少興味があった。

 

 

 ところが、ポータルをくぐると、溜まり場には仲間が帰ってきていたのだった。

「あ、ツードさん、と……スルガだ!」

 収集品の分配をしていたらしい彼らは、ツイードとスルガの顔を見るなりパっと顔の色を変える。

 仲間の存在に、安心半分、気落ち半分、ともかく座ろうと思ったが、なぜか皆が一斉に瞳をきらきらさせて自分達を見ている。腰をおろすどころではない。

「どこいってたんですか?」

「ルティエですけど……」

 あ、とスルガが返事を止めるような仕草をしたが、ツイードの口がまわってしまうほうが早かった。

「やっぱりーーー!!」

 溜まり場の仲間内でも特にスルガと親しいグループのアサシン、スミが「スルガの乏しいおつむじゃ、せいぜいそこだろうと思ったよ!」と腹を抱えて笑った。

「で!? それで!?」

「それでって……?」

 詰め寄る仲間達にそう聞き返しながらも、ツイードはなんとなく話が読めていた。

 振り返ると、スルガは気まずそうに視線をそらしている。

 まあ、いいか、と思った。流されたとは言え、結果的に承諾したわりには散々いじめてしまったわけだ。優しくしてやらなければ彼も割に合わないだろう。

 

「OKしました。今日からカップルです」

 一瞬静まり返ったが、次の瞬間には封を切ったがように彼らは冷やかしはじめた。わあわあと大袈裟に騒いでは「今日の打ち上げは宴だー!」と勝手に飲み会を設定している。仲間の一人に肩を組まれ、ツイードがはいはいと彼らをいなす中で、視線がふいにスルガと合った。

 ツイードの発表に、一番びっくりしていたのがスルガ自身だったのが、なんだか少し可笑しかった。

 

 

 

 

1-5

 

「告白されたのってルティエのどのへん?」

「ダンジョンですけど?」

「えー! なんでそんなとこで!」

「ってかツードさんってフリーだったんだ?」

「どんな条件でOKしたんですかー?」

「ふっかけたんでしょ?」

「ハハ! その手があったか、やっときゃよかった」

「たいていの条件ならいけたよ多分。だいぶ熱あげてましたもん」

 散々騒がれた後めでたいから収集品の利益で奢ってやるといわれて、酒場まで連れてこられてからずっと、飲み会は自分たちの話題で持ちきりだった。ツイードは普段、これほどまで宴会の中心に居座ることがなかったので、あちこちから振られる話に答えるだけでも一苦労で、ゆっくり酒を飲むどころではない。平素はそれほど深入りしてこない連中までここぞとばかりに自分をつついてくる。

「もう、お前らやめろよ、ツードさんイジんな!」

 ツイードを質問攻めにあわせていた女性陣をスルガが両手で追い払った。

「おいおいなんだよスルガー。いきなり彼氏面かー?」

「ちっさいなぁ、もう」

「調子のってたらすぐ振られますよー?」

「リサさんまで……!」

「あーもうハイハイ、どきますよ、どーせ横に座りたいだけだろうが、このドスケベ」

「ちが!」

 咄嗟に否定してみせるスルガを見上げながら、別に何も違わないだろう、とツイードは思う。ただ、のべつ幕なしに浴びせられる質問から解放されるのならば、理由はどうだっていい。

 不服を言いつつも撤退していく彼女らが、遠くから「まけんなヘタレー!」と応援だか悪口だか分からない声援を飛ばした。

 それに「うっさいよ!」と見送りながら、スルガはツイードの隣に腰をおろす。

(やっぱ座るじゃん)

 ここで座らなくてもおかしな話ではあるが、結構ふつうにちゃっかりしてるアサシンだ。

 もしかして本当に自分の隣に座りたかったからこちらまで来たのだろうかと疑問に思うこの感情は、どこか『期待』と似ていて、少し奇妙だった。

 

「あの、すいません、なんか」

 注文した酒がすぐに目の前に置かれてから、スルガはツイードを気遣うように言った。

「いやあ、まさかここまで知れ渡ってるとは思ってなかったですけど、まあ平気ですよ」

 仲間たちの盛り上がりからみるに、これは告白をばっさり断っていたら、ツイードが考えていた以上の大惨事となっていたことだろう。そうなってしまえば、溜まり場に顔を出すのが気まずくなっていた可能性すらある。それは勘弁したいので、結果的にはこれでよかった。

「俺、顔にでちゃうみたいで…。内緒のつもりがそっこうバレたから、ついでに相談とかのってもらってました」

「あー……」

 ということは、結構前から自分のことをそう見ていたのか、とツイードは記憶を巡らす。どの記憶にも、その形跡がまるで見られそうにない。顔に出やすいらしい男の機微に、どうして気づかなかったのか。自分には全くそんなつもりがなかったから、そのバイアスなのだろうか。一体いつから、そういう目で見られていたのだろう。自分が意識しないところを見られている気持ちは複雑だ。

 ぼーっと考えながら、フライドチキンをつまんで口に放り込む。

「あの、」

 気づけば、会話の流れを変えようと、スルガが言葉を選んでいる。ツイードは鶏肉を何度も噛み締めながら、その続きを待った。

「本当に、アレ、その……いいんですか? 付き合うって意味で」

「はい?」

 ツイードは思わず強く聞き返してしまう。それを機嫌の悪い声と取ったようで、スルガは逸らしていた視線をこちらに寄越し、弁解するように早口で言った。

「いや、だって、初めはダメだって言ってたのに、ツードさん急に頷いたかと思ったら、すぐポタだしちゃうし、確かめようにも帰ったら皆いたから聞くに聞けなくて」

「説得したのはスルガさんでしょうに」

「そうですけど、あれはやっぱり変でしょう」

「ですか」

「ですよ」

 ツイードは黙って白ワインを飲み干した。度数の高いアルコールに軽く咽喉が焼けたのを、頭は冷静に感じ取っていた。

 

「スルガさんの、押しに負けたっていうんじゃ、だめですかね」

 瓶からグラスへワインを注ぎながら、ツイードはつぶやく。

「しぶしぶみたいじゃないですか、それ」

 言葉こそ悪いが、そう取って貰っても別に構わない。けれどスルガはそれが不満なようで、そういうのが少しわずらわしいとすら思う。

 付き合ってくれと頼んだ側が、それを了承した自分に、一体なんの不満があるのだろう――と、理不尽な思いが頭をよぎったが、自分の取っている態度が彼のその後の人生を左右する決断のわりにはあまりに不誠実だということは分かっていたから、自分の中で上手く論理のすり替えが出来なかった。

 実際、渋々、というわけではないのだ。ツイードの中にはもっと自発的な、軽い欲求のようなものが確かにあった。

「んー……」

「ないんですか……? 理由とか……」

「理由たって……ほんの数時間前まで、思っても見なかったことだし……」

「OKした理由だけですよ?」

「えー……。言われてもなぁ」

 ツイードが言葉を濁らせれば濁らせるほど、スルガは不安そうな顔をした。

「一回はダメだって言ってたのに、意見かわったっていうのは、なんか思ったんでしょう?」

「そーですねぇ」

 ツイードは持て余したワインを少しずつ口に含みながら、自分の感情の一部を言語化しようと試みた。けれどきっと、どんな風に言っても自分の正確な意味は分かって貰えないだろうなという予感も、どこかにあった。

「スルガさんが誘うから、……俺もその気に、なっちゃったんです」

 多少酔った顔で微笑んで見せると、スルガは急に照れた顔をしてそっぽを向いた。ツイードはどうやら本当に好かれているらしいというのを淡く実感する。

 いや、もしかすると、お互いにこの状況に酔っているだけなのかもしれない。

 だけど妙に、気分が良かった。