「俺……今、なんで謝られてます……?」
スルガは、困惑したまま半笑いで首を傾げていた。
「え。さあ、なんででしょうね」
結論が出たツイードは、自分の中の折り合いがついたものだから、頭の中の荷物が全部きれいに片付いたせいで、細かいことはどうでもよくなった。不安がるスルガを、また可愛いなと思える心のゆとりまで生まれる。
煙草が吸いたかったけれど、あいにく手元にそれはなく、仕方なしにビール瓶にまた口を付けた。
「これって、初めのゴメンナサイの意味じゃないですよね?」
「初めの?」
「ほら、俺が告白したら初めにツードさんが言ってた、OKじゃないほうのゴメンナサイですよ。違いますよね?」
「そうですね」
「大好き、って意味ですよね」
「え、そうかな」
「好きって、今言いましたよ、ツードさん」
「言いましたね、俺。俺って、スルガさん好きだったんだなあ」
スルガはツイードの腕を持ったまま、今の状況の意味がまったく分からないという顔をしている。
「俺……てっきり、デートだと思って……」
話し出すスルガに向かって、ツイードがベッドの隣を手でトントンと叩いてやれば、彼は大人しくそこに腰を下ろした。彼の体重分、ベッドのマットが沈み込む。
「そしたら、なんかめっちゃ真面目な話になるから……、ビビりましたよ……」
すみません、とツイードは謝ったが、初めからこの話だと告げてここに来たら彼はもっと『ビビって』いたんだろうな、と思うと、どうにも可笑しくて表面だけの謝罪になった。
「でも、びっくりしたけど、結果的に、嬉しいかも」
片手で口元を多い、照れ隠しのように視線を壁へ向けたスルガを見て、ツイードは素直に『良かった』と思えた。にやけた彼の口元が、愛らしいとすら感じた。
「好きですよ」
ツイードはそれを眺めていただけのはずが、気づけば自然とその言葉が口をついて出る。
ん、と小さく、顔を赤くしたスルガがむせた。
「遅れちゃって、申し訳ないですけど。俺、馬鹿だから、時間食いましたね」
「え? ツードさんが? どこが?」
「あー……話すと長いんですけど、まあ」
ツイードはぼんやりと天井を見上げ、そのまま言葉を止めた。濁したというより、正しい言葉が見つからなかった。
今、おそらく、一番晴れやかな気持ちで素直にスルガが好きなので、些末なことに頭の容量をさく気が起きない。
スルガが隣で、安心したように大きな息をついた。
「マジで、一生セックスできないのかと思った……」
本当にな、とツイードはその横顔を見る。実際にしないつもりも無かっただろうが、覚悟だけでよくあれを言ったな、と感服する気持ちが強い。
その覚悟に報いたい、と思うものの、しかしどうしても報えない、というのもまたツイードの中での事実だった。
「あー、でも、そういう問題じゃなくても、できないと思いますよ、俺は」
「え!?」
スルガは飛び上がるようにベッドから立ち上がる。
「今までの話、なんだったんです!?」
目を見開いた彼がこちらに迫ってくるので、ツイードは思わず身体をのけぞらせた。
「え……、俺、できないって、ずっと言ってますよね」
「でも、俺のこと好きって!?」
「いや、好きですけど」
手で制すると、スルガはゆっくりその身を引いた。
「好きに――なっても、ケツは嫌です」
「ブ……ブレない、なあ……」
ツイードが再びベッドをトントンと叩くと、スルガは放心したまま、同じようにすとんと腰を下ろした。
座る速度が速いわりに、こちらに衝撃が伝わってこないな、と感じる。アサシンはみんなこうなのか、と関係ない疑問をツイードが思い浮かべる中、スルガは頭を抱えたまま、絶望的な声を出した。
「……めちゃくちゃ、分かるだけに、俺……なんにも言えないんですけど……」
「めちゃくちゃ分かるんですね」
「分かりますよ、そりゃあ」
(そんなに分かられると、困るんだけどなぁ。別の意味で)
ということは、スルガのほうも嫌なんだな、という結論にツイードは達する。厄介だ。打つ手がない。
ツイードはしばらく唇を親指で押さえつつ思考を巡らせ、『いや、打つ手がないこともないか』と思い直した。
ゆっくり首を傾けて、スルガの顔を覗き込む。
「スルガさん、どうしても挿れたいです?」
「え…っ」
ぱっとスルガが期待めいた顔をあげるが、その表情に流されないように、ツイードは先に言い含めた。
「いや、期待しないで聞いてください。俺とキス以上のこと、したくないですか」
「……し…」
目の前の顏が赤くなりながら、何度も瞬きが繰り返される。
「……したい、けど」
その言葉を聞いて、ツイードは思いのほか心臓の鳴る満足感を得た。その余韻のせいで反応が少し遅れたものの、予定通りの言葉を続ける。
「じゃあ、合意ってことで」
「へ?」
「予定とかないですよね、この後」
「……ないです……あっても空けます」
茫然と呟くわりに、とんでもなくちゃっかりした返答だ。ツイードは思わず口元に笑みを浮かべる。
「じゃあいいですね」
こくこく、と頷くスルガが、口を開いたままこちらに尋ねた。
「え、でもそれって、結局、どういう意味です…?」
ツイードは立ち上がって、ビール瓶をテーブルに置く。
「一生できないなんて、嫌だからな、俺は。ようは、どっちもケツ使わなきゃいいんですよ」
首を鳴らせつつ後ろを振り返ると、スルガがじっとこちらを見ていた。
「マジですか」
理解したスルガが、ぽそりとそう言い、
「マジですね」
ツイードがそれに答えて頷いた。
「嫌です?」