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「ライのばかぁああああ!!」

 囲んだ円卓に、スミが突っ伏しながら、彼女の恋人を罵倒する。その声は遠くから聞いても彼女がまともに立って歩けないだろうことが分かるぐらい、呂律がまわっていない。

 周りの人間は苦笑しながら彼女を励ます。ときにからかう。悪酔いするポジションの人間が日によって変わりはするが、狩りの打上げはだいたいこんな風に進行していくのだった。

 スルガは長いテーブルのほぼ反対の位置でわいわいと泣き叫ぶ彼女とその周りの仲間を見ながら、あの調子じゃ今日はまだまだ飲むな、と一人頷いた。下手をすれば徹夜コースだろう。

 

 スルガの隣には、ツイードが一人で飲んでいた。決して孤立しているわけではないが、どのグループに専属しているわけでもない。無表情でもなく、時々振られる会話には、さっきからずっと参加してるような口調で返し、微笑んで見せたり、大袈裟に笑ってみせたりはする。なのにツイードの飲み方は何故か一人で飲んでいるように、スルガには思える。まるで、空気となって周囲に溶け込んでいるみたいだ。違和感はないけれど、印象にも残らない。

 

 今日は、昼の狩りの事があったからか、スルガの心情は少しツイードに対して戸惑いがあった。

 昨日までは、飲み会の席でなんとかツイードの横に座ろう、隣の席へなんとか滑り込もう、と意気込んでいたのだが、今日は別に座れなければ座れないで構わないという気持ちで席についた。そういう消極的な席取りをしたのにも関わらず、そんな日に限って何の問題もなく、むしろ避けるのが難しいようなタイミングで、ツイードの隣の席は向こうからやってきた。そして運命を恨めしく思いながらスルガはその席に座っている。もっと死ぬほど座りたかった日には、絶対座らせてくれなかったくせに。神様の馬鹿やろう。

 

 気が付けば、ツイードの視線が一番にぎやかなスミたちの集団に向いたようだった。黙ったまま、グラスの中のワインをくいっと飲みほすツイードを見ながら、スルガは、彼はあの連中の長引く酒に付き合うのだろうか、とぼんやり考えた。

 何か理由を付けて帰ってしまうツイードも、酔っ払い達に付き合えと絡まれて苦笑しながらも夜を明かすツイードも、同じぐらい容易に想像できた。つまりは彼にとって、どちらの選択肢も簡単だということだ。

 けれど、どちらの行動も想像できるのに、ツイードが何を考えてそれに至るのかが、スルガには分からなかった。何を考えて承諾するのか、或いは拒否するのか。

 目の前で空になったグラスをテーブルに置く、たった今の彼が、どんな気持ちでそこに居るのか。

 

(ツードさん、いつもなに考えてんだろう)

 

 何を考えてヒールではなくグロリアを選ぶのか。何を考えて自分と交際をするなんていう暴挙に出るのか。想いを告げられた当初はあんなに嫌そうな顔をしておいて、どうして恋人という役職を獲得したスルガを、隣に座らせたままにしておくのか。

 スルガにはさっぱりだ。

 

「……おなか」

 スルガが呟いた一言に、ツイードは自分にかけられた声だと気づいて、視線をこちらに寄越した。

「減ってません?」

「大丈夫ですよ」

「…アレ、だいぶ、かかりそうですね」

「スミさん?」

 ツイードは急に話題を変えたスルガの話にもするりと付いて来て、型通りの苦笑いをした。

「かかりそうですねえ」

「抜けましょうか」

「ん?」

 ツイードが次の酒を頼んでしまうまでがチャンスだと思った。スルガは真っ直ぐツイードの目を見る。その瞳の奥に、彼の思考への手がかりがあるかもしれないと、そんなことを一瞬だけ考えたけれど、片目だけが覗く透き通った赤紫色の瞳を見ても、スルガには何も分からなかった。けれど無遠慮なぐらい、じっと彼を見つめたまま彼を誘う。

「抜けましょうよ」

 ツイードは少しだけ目を開いた。だが、すぐにふいと視線をそらしてしまい、平坦な口調で言った。

「いーですよ」