5-1

 

 その日の狩りはゲフェンだった。戦闘は万事滞りなく、無事プロンテラに戻ってきた頃には夕暮れで、空がクリーム色から紺色へと変わってきていた。

 ツイードは聖水やらブルージェムストーンやらの消耗品が多く、その書き出しにけっこう時間を食った。結局、清算係のブラックスミスのところに向かったのは最後の方になってしまったのだった。

 

「はい、配当」

 ツイードの渡したメモにさっと目を通しただけで即座に金勘定が終わったらしいブラックスミス、ビジャックの手から清算分配を受け取って、その日の仕事はあっけなく終わる。

 計算速度のあまりの速さに、確認する気も起きない。こういうのは頭のいい奴に任せておけばいいというのがツイードのスタンスだ。顔見知りに会計を預けるのは何といっても安全だし、多少計算ミスがあったところでそれも手数料だと思えた。

「お疲れ様でーす」

 軽く挨拶して、袋を法衣の内側にしまう。

 さて、と振り返ってたまり場に改めて目をやれば、こちらの様子を伺っていたらしいスルガが、何か言いたげな顔で近づいてくるのが見えた。

 

「あの、」

 はい、と答えてツイードは立ち止まる。

 おそらく、彼は今日も、自分を食事に誘うつもりなのだろう。スルガと付き合いだしてから、狩りの終わりはこうやって話しかけられることが増えた。

 

 もともと、このたまり場では、その日のパーティーのメンバーで夕食がてら打ち上げをすることが結構な頻度であった。ツイードはそれにまあまあの出席率で参加していたから、ほぼ毎回出席のスルガとは、そこそこに同じ場所で酒を飲んでいたと思う。

 ただそれも偶然の域を出ないイベントであることを向こうも自覚しているのだろう。自分の恋人になったスルガは、狩りの終わりにこうやって律義に飲み会の勧誘をしてくるようになった。

 

 そのこと自体に不満はない。

 この間も、夜に散歩のような行為をしたが、それも思いがけず楽しめた気がする。

 ただ、それとは別に、最近になってツイードはこの付き合いがわずらわしくなってきているところがあった。

 

「この後、飯とかどうですか」

 

 おずおずと尋ねるスルガをツイードは少し引いた視線を眺めてみる。

 彼はこちらの清算が終わるのを待っていたのだろう。

 スルガの背後には、同じく、飲み会へ行くための足を止めているらしい他のたまり場のメンバーの姿があった。

 そういう状況のとき、彼らの目はいつも期待に満ちている。

 それは、ツイードが飲み会へ参加するかどうかへの期待ではなく、スルガが恋人の勧誘に成功するかどうかの行く末を気にしている眼差しだ。

 狩りの後、スルガが自分を食事に誘うとき、いつも仲間たちの視線が後ろにあった。

 

(こういうの、めんどくせえな)

 

 囃し立てられることよりも、じっと見守られているほうが、わずらわしさを覚えるのはどうしてだろう。やめろ、散れ、と声を掛けられないだろうか。彼らの視線を拒否する権利が、スルガにはあって、ツイードにはない。 

 どうして自分たちの関係には、いつも周囲の視線があるのか。まるで、観客のために演じている舞台みたいだ。

 

(俺を飯に誘いたいって情報が、俺より先に他人に知れ渡ってるって、どんな状況だよ)

 

「ツードさん?」

 スルガの呼びかけに、我に返る。

「あ、すみません」

 それに反射的に答えて、ツイードは改めてスルガの目を見た。

 スルガの瞳は、彼の髪の毛のような空色に少しだけ黄味が混ざった不思議な緑色をしていて、虹彩は薄く透けている。この眼に真正面から見られることに、最近は慣れてきたばかりなのに。

 

「あー、いや、今日はちょっと予定が。やめときます」

 返事を聞いたスルガが、目に見えて縮んでいく例のあれをやってみせる。肩を落としても背が伸びている感じは、何度みても興味深い。

 自分のことで一喜一憂するスルガを見ていると、悪いことをしたかな、とツイードの胸は罪悪感でちくりと痛んだ。

 けれど背後の冒険者たちがまたちらっと見えて、それにどうしても自分の判断を変える気にはなれない。

 

「すみませんね、待っててもらったのに」

「あ、いえ、どうせいつもの飲み会なんで」

「また次、参加しますね」

「はい、また、次に…」

 そう言い終わったものの、スルガは数秒、止まったままだった。

「……」

 スルガの視線が、床を這う。

 それを見ていると、面倒なのともわずらわしいのとも違う、形容しがたい苦みのようなものがツイードの胸にこみあげてきた。

 

「あー、用事、すぐ終わることには、終わるんですけど…」

 口からこぼれ始めた自分の言葉に、ツイードは不可解な気持ちになる。

「いや、やっぱでも、遅くなるかもなんで…。なんていうか、」

 顔を上げたスルガが少し意外そうな顔をしていて、ツイードは自分でもこれは自分らしくない態度だなと思った。

「待たせても悪いし、飯は一人で食いますね」

「そう、ですか」

「……、また、行きましょうね」

「はい……」

「じゃあ」

 スルガの視線がいたたまれず、ツイードは踵を返した。

 

 自分は何をやっているんだろう。

 歩き始めたツイードの背後から、仲間たちの「なんだよースルガー」という声が聞こえてきて、余計に、頭の中に靄がかかる。

 

(なんだよ、これ)

 

 自分は、振り回されている。

 けれど、それ以上に、自分が彼を振り回していることの方が大きいんだろう。

 なんだか、悪いのは自分ばかりみたいだ。

 釈然としない感情が、だんだんとイガイガした怒りに代わってきている。

 

 フェアじゃない、と気持ちでは思うのに、きっと一番フェアじゃなかったのは、あのとき好奇心だけで彼の好意に乗った自分だ、と気づいているから、理屈の操作ができないんだろう。

 結局のところ、『そもそも付き合っている自分が悪い』という極端な発想でしか、折り合いがつけられない。

 

(なら、さっさと別れるのが道理だろ)

 

 いい加減で場当たり的な関係を、妥協的に続けたくない。

 どうしてこんな投げやりな気持ちになるんだろう。

 後ろからスルガの視線を感じたけれど、振り返らないまま、ツイードはたまり場を後にした。