3-1

 

『ハ…っ』

 吐息が聞こえた。

 それはとても甘い声だった。

 滑らかな肌は、触れるだけで吸い付くようにスルガの手に馴染む。

 ツイードは、潤ませた瞳を揺らせ、スルガの名を呼んだ。

『……ス、ルガさ……はやく』

 腕が引き伸ばされて、スルガはその手に誘われるように顔を近づける。

 秘所はもうずいぶんと濡れていた。

 躊躇いはあったが、彼があまりにも気持ち良さそうな声をだすもので、罪悪感も忘れ肩に口付ける。ツイードの身体はピクンと引きつった。

『ちが…。なぁ、もう分かってんでしょう…?』

 スルガの頬に、ツイードの指が当たる。

 分かっている。

 唾液を飲み込めば、自然と喉が鳴った。

『……い、いんですか?』

 こく、とツイードが頷く。スルガの脈が、激しい音を立てて全身に血をかけめぐらせる。

 バクバクバク。

 そっと、その部分を触った。驚くほど、簡単に、指は内部へと入り込む。

『ア…』

 彼の声は普段よりも高く、快楽に埋もれているのが容易く知れた。

 ゆっくり、指を動かせる。

『…ぁ、…ンっ、スルガさ、ン、あ、あ、あ』

 ツイードの声に導かれるように、スルガは指を奥へ、そして強く内側を擦ってやる。

 彼の声が脳髄に響く。

 挿れたい。

 頭がそれ一色に染まった。

 早く挿れたい。早く。『ア、もっと…ッ』早く。『あ、あ、スルガァ…!』早く。

 

 ガンッ!!

 

 扉が叩かれて、ビクっと全身の筋肉が収縮した。

 

「スルガ!! お前、約束すっぽかしてまだ寝てるとか、いい度胸ね!!」

 

 飛び起きる。

 ドアの外から聞きなれた怒鳴り声が響いていた。

「スルガさーん、だいじょぶですかー?」

「スルガ~~!!」

「ちょ、近所迷惑だろお前」

「ねえコレ大丈夫? 開けたらツードさんが裸で寝てるとかそういうオチない?」

「ないない! ヘタレアサシンにそんな甲斐性あるわけねえ!」

 

(夢か……!)

 

 スルガは咄嗟にテーブルの上に置かれた自分の装備を確認した。

 カタール一式、短剣が二本。

 

(そろってる)

 

 ほっとしてから今の現状を把握した。待ち合わせ、寝坊、外には仲間たち。

 スルガは急いでベッドから立ち上がり、衣服を整え、慌ててドアの鍵をあけた。スルガがノブを捻るより早くドアは開かれ、ガンッと盛大に顔を打ちつける。

「スルガーーー!」

 最初にドスドスと入り込んできたのは、アサシン、スミだった。

「わるい、今起きた」

「見りゃ分かるわよ! 死ねこのタコ!!」

 自分より頭一つ分以上背が低い彼女に思いっきり足を踏まれ、スルガは思わず飛び上がる。

「~~~ッ!!」

 そんなスルガを構うことなく、戸口で待たされていた仲間たちは、ぞろぞろと部屋へ流れ込んできた。

「あっれ、思ってたよりキレイ」

「変な匂いもしないね」

 プリーストのアンナとウィザードのリーシャが、部屋をきょろきょろ見渡して、そう失礼な感想を述べる。

「なんで俺の部屋、臭いこと前提なの…?」

「いいから早く仕度しなさいよ。アンタ揃わないと狩りに行けないじゃないのさ」

 スミは床を足で打ち鳴らしてスルガを急かし立てた。

 開け放たれたドアにもたれ掛かったハンター、この中では唯一の男性であるレムスアルドが、同情に満ちた生暖かい視線を向けている。

「レム」

「俺は知らない。寝坊したお前が悪い」

 たった一人の味方に見捨てられ、スルガは頭を垂れつつ、寝起きすぐに所在を確認したカタールへと歩み寄った。

 同じテーブルに置かれていた包帯に手に取り、会話のついでにそれを巻く。首、手首、足首。間接の邪魔にならないように巻くのは初めのうちこそ時間がかかったが、さすがにもう慣れた。服を着替える間も出て行く気なんてまるでないらしい友人たちは、スルガの部屋で好き勝手にくつろいでいた。

「なんっもないね」

 アンナが感心するように言った言葉を、スルガは「茶も出ないのか」という意味だと勘違いして、部屋の隅にあった食料がごったに入っている袋を指差した。

「いや、食いもんぐらいありますよ。そこ、クッキー缶あるからどうぞ」

「そうでなくてさ」

 ねー?とアンナがリーシャに同意を求めた。リーシャは頷き、スルガに言う。

「なんか、こう…本、とか」

「ホン~?」

 アサシン装束に腕を通しながら、スルガは言われた単語のあまりの馴染みなさに眉を寄せた。

「俺、そーいうのさっぱりだから、読みませんよ?」

「でもなくてー」

 もどかしそうに言葉を探すリーシャに、ベッドでこれ以上ないほど寛いだ格好のスミが顔の前で手を振った。

「コイツにそういう知的さとか求めても」

 あんまりな言い方だとは思ったが、実際、教養とかいうものとは皆無な人生を歩んできているので、スルガはスミの悪態に反論する言葉をもたない。

「…いや、確かにないけどさ」

 食い違う彼女らの会話を遠巻きに見ていたレムスアルドが、解決の糸口を提供する。

「っていうか、食料と武器以外、なんもなくね?」

「あー、それ! そういうの!」

 アンナが入り口のハンターを見ながら、納得がいったように何度も頷いた。

「え? お前ら違うの?」

「いや、もっとなんかあるだろ」

「服、とか」

「あるじゃん」

「もっと数」

「ってかこの部屋で、帰ってきたら何してんの?」

「何って…寝る?」

「寝る前」

「ええ? なんかするもんなの?」

「スルガ、あんた一体、一日何時間ねてんの?」

 スミが言った最後の言葉に、残りの三人が笑い出した。

 あーそれでいつも一人最後まで元気なのね、とアンナが続けて、スルガの部屋の話題はお開きになった。なんだか釈然としないままスルガの身支度は終わってしまう。

 手荷物をまとめて、ぞろぞろと部屋を後にした。

「なんもないくせに、おっそいよ」

「ってかスミはなんでこんな機嫌悪ぃの?」

「昨日、彼氏にドタキャンされたから、今日は約束破りにはキビシイんだよねー」

「彼氏じゃないって!」

「なにそれ、超やつあたりじゃん」

「いやいや、お前が寝坊しなかったらよかっただけの話だろ」

「えー。俺の寝坊はデフォルトにしといてよぉ」

 言いながらスルガは、何か狩りに行く約束でもしていたっけ?と疑問に思った。

 昨日の記憶をかすれた頭から引っ張り出してくるが、どうにも思い出せない。普段の狩りなんかは、その日溜まり場に集まった連中で適当に行くものだから、わざわざ自分が泊まっている宿まで出迎えにくるなんて珍しいのだ。そんなことをさせるほど、しっかりした約束だっただろうか。した覚えすらない。

 まあ、いいか、とスルガはすぐに思いなおした。

 とりあえず溜まり場に行く雰囲気になっている仲間たちの後に付いて行くことにする。

 こんな些細な違和感は、日常にいくらでも転がっているものだ。ただ自分が忘れてしまっているだけだろう。

 

(なんか他にも忘れてる気がするんだよなァ)

 

 首の後ろをかきながら、それでもスルガは連中のたわいない話のほうに意識をそらしていった。