3-5

 

 仲間には、スルガから適当な理由を言っておいた。

 自分たちが一緒に店を出るのだと知った仲間たちは、どことなく納得したような顔で、素直に飲み明かし会のリタイアを許してくれた。あの虚をつかれてポカンとした顔は一体なんだったのだろう。スルガには、少しおかしい。

 

 扉から出ると、ツイードは少し前を歩き始めていて、スルガは彼を追いかけた。

「はーっ、良かった」

 突然、ツイードが声をあげる。

「いや~、どうやって抜けようか、考えてたんですよ」

 渡りに船だったのだとツイードは笑った。あの顔は、そんなことを考えている顔だったのか、とスルガは先ほどの情景を思い浮かべたが、彼の表情と思考が繋がる糸は見えない。いや、彼のこの発言を鵜呑みにして、端的に思考へと繋げてしまうのは、こと彼の場合は問題じゃないのか?

 慣れない探りに、スルガの糸は頭の中でぐにゃぐにゃと交じり合う。

 

「朝まで続かんばかりの勢いだったでしょ?」

「………そうです、ね…」

「スミさんとこ、荒れてんのかなぁ」

「……ですかねえ」

「…?」

 

 そこで僅か、ツイードがこちらを見た。眉を寄せたまま虚ろに返答するスルガに、ツイードは違和感を覚えたらしい。スルガは慌てて会話に集中する。

「ライは浮気性っていうか、飽き性だから。スミはそーゆうのを怠惰って思っちゃうタイプだしなぁ」

 今朝の、デートをすっぽかされた話を思い出すにつけ、スルガの知るところのスミとライオネルの関係は、そういう点でぶつかり合うことが多い。

「ライもサボってるわけじゃないんだろうけど」

 少し肌寒い夜風が、流れている。ツイードは両の手をポケットにしまい込んでいた。そして、さっきまでの会話より急に声のトーンを落として彼は言う。

「関係を持続させる努力をサボったら、それはもう怠惰だよ」

 へ? スルガが聞き返すより早く、ツイードは話題を変えた。

「さて!」

 再び突然に変えられたトーンに、スルガは言葉を忘れる。

「じゃあ、俺は帰って寝ますね」

 気づけば、お互いの宿屋に向かうための分かれ道は、もうすぐそこに近づいていた。

 今、囁かれた呟きを彼はすぐに消したが、あれこそが、ヒントだったんじゃないか、とスルガは思った。今のがチャンスだったんだ。ひらめきが高揚に変わる。

 タイムリミットがさしかかっていた。

 スルガはとっさに、ツイードを呼び止める。

 

「ツードさん」

 なんだか妙に、明快な気分だった。

 不思議と、自信もあった。彼は、『これ以上自分といる時間を積極的には所望していないのだろう』という確信だ。

 それがどれだけネガティブな発想だろうと、彼の思考の一旦がはっきりと読めているという状況が、なぜだかスルガの背中を押していた。

「散歩でもいきません?」

 行きたいわけではないのだろうと、スルガは知っている。

 ツイードは断ってくるだろうか。

 それともやはり、しぶしぶ付き合うんだろうか。

 スルガが交際を申し込んだあの日のように。昨日までの夕食や、送って行った日の抱擁のように。

 望まぬ回答を、戯れのように口にするのか。

 そこはもう曲がり角だった。ツイードがこのまま道を左に行けば、彼の宿が待っていた。

 ツイードの歩みが止まる。

 スルガは静かに、動き出す彼の唇を追った。

 

「……行きません」

 意外にも、ツイードは全うに断った。

 しかしそれが、今のスルガには、適当に承諾されるよりもよほど良い回答のように思えた。

 少なからず心が浮き上がる。

 おそらく、昨日までの状況でこんな断られ方をしたら、スルガは見ていて分かりやすいほどに落ち込んだだろう。自分でも、今の自分がここまで強気に出られるのが不思議だった。

「どうして?」

 スルガがそう尋ねて、初めてツイードがぴくりと表情をゆがめる。

(きた)

 その表情の変化に、スルガは期待どおりの感触を得た。

 

『行きたくもないのだけれど、行かなければならない』

 おそらく、ツイードはこう考えている。何故かなんて、スルガには分からない。どうして分かるのかも分からない。でもなんとなく、匂いで分かる。ツイードの摩訶不思議な思考回路の切れ端が、そこに覗いている。

 

(さあ、どうくる? 次はどう断る?)

 断れば断るほど、ツイードの本音が見える気がした。

 だからもっと断られたってそうじゃなくたって、どっちに転んでも好都合だった。

 

 ツイードは一旦、言葉をつぐむ。

 そして少しの間、考えるように沈黙し、次の一手を切ってきた。

「……それって、デートですか?」

「!」

 なんていう手だ、とスルガは思う。

 

 わざと恋愛的な言葉を引っ張り出して、こちらが交際して貰っているのだと引け目に感じていることを逆手に取る気だ。

 ツイードは僅かに勝ち誇ったような余裕さえみせて、不適な笑みを浮かべていた。

 その表情には、命を預かる身でありながら、ヒールという回復より、グロリアという攻撃の一手を選ぶ、昼間のツイードの顔が見え隠れしていた。

 ああ、これがこの人なのか。

 

 しかし、今のスルガには恐れがない。

「そうですよ」

「……」

 答えれば、ツイードは眉をしかめた。

 さあ、もう彼には断れないだろう。付き合っていることに対しての責任を取る気が、ツイードにはあるのだ。彼にとって、これはそういう駆け引きなのだ。

(関係を持続させる努力をサボったら、怠惰……か)

 ぽろりと本音をこぼすほどに、罪に近い惰性を、彼は嫌っている。

 

 視線を反らしたツイードは、やがて、観念したようにため息をついた。

「……なら、いいですよ」