2023-01-01から1年間の記事一覧

7-4

空の高い場所に、薄い雲が広がっている。鎖の鎧みたいだ。 こういう模様が空いっぱいに描かれている風景をどこかで見たことがあるが、あれはいつ、どこでだっただろうか。 「ねえ、聞いてんの? スルガ」 上空にぼんやり漂っていたスルガの意識は、隣からの…

7-3

熱いシャワーが、豪雨のように頭に降り注いでいる。 それを一身に浴びていると、いつも思考がリセットされるような気になった。こういう原始的な手段は日常にどうしたって必要だ。身体の感覚を呼び起こさないと、地に足がついている感じがしない。 子供の頃…

7-2

今日はツイードが教会の用事で溜まり場に来ない日だった。だからなんとなく仕事終わりに飲まずに帰ってきたけれど、仲間たちの会合に顔を出せばよかった、と一人で食事を取りながらスルガは思う。 自分の空腹の為だけに、自分で自分に食事を用意するのが何だ…

7-1

パリンと、ガラスの割れる音が夜の路地に鳴り響いた。グラスか窓か酒瓶か、何がどういう経緯で割れたのかは分からない。どこで割れたのかにも、さほど気にならない。その後に続く怒声や悲鳴も、この街の夜を体現する記号の一部でしかない。 スルガは自分の宿…

6

コンコン、とノックされたドアの音は、おそらく非常にささやかだった。 けれど意識の覚醒まぎわだったスルガは、その音にガバリと飛び起きる。他人の気配だ。視線はほとんど無意識にいつものテーブルを探す。 テーブル――がない、いつもの位置に、カタールが…

5-7

シャワーは先にスルガに貸したけれど、彼はすごい速さで濡れて帰ってきた。本当に水でも浴びたのかと思うほどの時間だった。ツイードがタオルを用意してから、シャンプーの位置を教えようとシャワールームに顔を出したときにはもう、スルガがそこから出てき…

5-6

触れた唇は、熱かった。 位置を確認するためだけに頬に置いたはずの手に、ぐっと力がこもる。 ツイードが舌先でちろっとスルガの唇を舐めると、すぐにスルガが彼の舌を差し入れてきて、口の中奥深くで溶け合うようになった。 舌を絡めるキスで、こんなに長く…

5-5

「俺……今、なんで謝られてます……?」 スルガは、困惑したまま半笑いで首を傾げていた。 「え。さあ、なんででしょうね」 結論が出たツイードは、自分の中の折り合いがついたものだから、頭の中の荷物が全部きれいに片付いたせいで、細かいことはどうでもよく…

5-4

宿は、酒場の目と鼻の先にあった。 古いがシンプルな造りの安宿で、入口の掲示板以外は壁に何もかかっておらず、カーペットすら敷かれていない。 ツイードの借りている部屋は、三階の廊下の突き当り右手側だ。 狭く長い廊下を歩くツイードの後ろを、スルガは…

5-3

外はもう、すっかりと夜になっていた。 最後に食べた食事は、狩りがひと片付けした後に取った随分と遅い昼食で、そのせいか今はまだなんの空腹も感じない。 狩りをしていると、こういう日ばかりになる。たまり場の打ち上げに参加する夜なら、適当に肴をつま…

5-2

実際のところ、今日やらなければならない用事なんて本当はなかった。 プロンテラの街を散漫に歩きながら、ツイードは暮れかけの空を見上げる。 行く当てはないが、このまま帰るのも嘘をついていたみたいでなんだか嫌だ。仕方なく、ツイードの足は教会へと向…

5-1

その日の狩りはゲフェンだった。戦闘は万事滞りなく、無事プロンテラに戻ってきた頃には夕暮れで、空がクリーム色から紺色へと変わってきていた。 ツイードは聖水やらブルージェムストーンやらの消耗品が多く、その書き出しにけっこう時間を食った。結局、清…

4

「あれ、スルガさん一人じゃん」 スルガが昼過ぎのたまり場でいつもの石段に腰かけていると、そこにやって来たのはマシューとオーフェンだった。二人はこのたまり場では有名なハンターとプリーストのコンビだ。 「ちわ」 「ちわーっス」 スルガがまだたまり…

3-6

自分から言いだしたのだから、これはデートだ。今更ながら、スルガはその事実を思い出し、冷や汗をかく。 ツイードの思考パターンが初めて読めたという感動に浮かれて、選択を誤ってしまったとしか思えない。 スルガは、ツイードの手を引いて、噴水広場のほ…

3-5

仲間には、スルガから適当な理由を言っておいた。 自分たちが一緒に店を出るのだと知った仲間たちは、どことなく納得したような顔で、素直に飲み明かし会のリタイアを許してくれた。あの虚をつかれてポカンとした顔は一体なんだったのだろう。スルガには、少…

3-4

「ライのばかぁああああ!!」 囲んだ円卓に、スミが突っ伏しながら、彼女の恋人を罵倒する。その声は遠くから聞いても彼女がまともに立って歩けないだろうことが分かるぐらい、呂律がまわっていない。 周りの人間は苦笑しながら彼女を励ます。ときにからか…

3-3

ミョルニール山脈の北奥地にある鉱山の炭鉱。かつてはミョルニール炭鉱として多くの鉱物や石炭が排出されたが封鎖されてもう長い。そこにモンスターが住み着きダンジョンのような巣窟と化してからは、その廃鉱は冒険者のかっこうの狩場となっていた。 スルガ…

3-2

「あ、ツードさんだ」 一旦、溜まり場にて、狩りの行き先会議をしていたところに、遅れて彼が来た。 ツイードを発見したスミの声で、スルガは数人と囲っていた地図から即座に顔をあげて、表通りの方に視線をやる。相変わらず生活臭のしない歩き方で、ツイー…

3-1

『ハ…っ』 吐息が聞こえた。 それはとても甘い声だった。 滑らかな肌は、触れるだけで吸い付くようにスルガの手に馴染む。 ツイードは、潤ませた瞳を揺らせ、スルガの名を呼んだ。 『……ス、ルガさ……はやく』 腕が引き伸ばされて、スルガはその手に誘われるよ…

2

東プロンテラの雑多な酒場通りの一角。割とよく来る店のカウンターで、オレンジ色のランプをぼんやり眺めていたツイードに、後ろから声がかかった。 「よう」 通りのいい声。振り返れば、サラエドがそこにいた。溜まり場常連の一人であるハンター、マシュー…

1-6

冒険者なんて言えば聞こえはいいが、結局のところは大半をその日の風に任せてしまうような職業である。 最近こそ、過去の経験から学んで身近な人間に手を出さないようにしていたものの、その日パーティーを組んだ人間と流れで行きずりに寝てしまうなんていう…

1-5

「だー! 吐くな! 吐くなよ!?」 酔った騎士、ルシカをおぶったまま、ハンターのマシューが心配そうにそう叫んでいる。 「どりょくする…」 だらんと腕を垂らし、彼女は青ざめた顔でうなだれた。 いつのまにか仲間内もそこそこに飲んだらしく、酒場の一角で…

1-4

ダンジョンといえど、ルティエはあまりに寒かった。 用事が済んでしまえば、こんな思考の鈍るところにいつまでも居られない。 さっさとプロンテラに帰ろうとツイードはスルガに提案し、うやむやの内に彼の曖昧な返答を了承と取った。 スルガのほうは、自分の…

1-3

「寒ッ!」 「うっわ、さむ」 久しぶりに出したポータルをくぐれば、そこは一面銀世界。冬の街、ルティエだ。突然変わった気温に背筋がぎゅっと縮み上がる。 シーズン中なら屋台やら人混みやらでまだ少しは温かみもあるだろうけれど、季節外れで人の気配もな…

1-2

せっかく到着した溜まり場には、いつものような賑わいはなかった。 壁沿いの石段に軽く腰掛ける人影が一つあるだけで、他の冒険者の姿はない。 浅い空色の髪を短く切り込んだアサシン。あれは溜まり場の常連の一人、スルガだろうとツイードは見当を付ける。…

1-1

その日のプロンテラは晴れていた。 天の高いところに流れる白い雲をいくつか乗せただけの、あまりに青い爽快な空が広がっていた。教会の薄暗い部屋から出てきたばかりのツイードは、出口の扉を後ろ手に閉め、眩しい空に眼を細める。今日もいい天気だ。けれど…